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企画モノ

valentine

 その日、首都プロンテラは雪こそ降らないものの、今年一番の寒さを記録した。身体の芯まで凍えそうな空気のせいか、心なしか道端に広げられる露店の数も少ないような気がする。
けれどその寒さを感じていないかのように、笑いながら歩く男女の姿がそこかしこで見られた。
 そう、今日はバレンタイン。恋人たちが人目を憚らず愛を語ることができるイベントの日だ。
ある者は恋人と愛を囁きあい、ある者は胸に秘めた恋心を勇気を出して相手に告げる。
その手段―――口実というべきか―――に使われるのがチョコレート。材料を集めて手作りの物を用意したり、完成品を購入してそれに自分の名前を入れたりと工夫をこらしてそれぞれの愛を表現する。そしてその手助けをするのが、この寒さの中でも威勢のいい声を上げる露店商たち。彼らは洋服を着込んで寒さに耐えながら、自分たちで集めてきた材料や品物を店頭に並べ、日頃何かと忙しい冒険者たちでも労せず手に入れられるようにしてくれる。
普段高利益を上げようと相場の吊り上げを計る者たちも、この時ばかりは良心価格で店頭に置いているようで、どの店も売れ行きは好調のようだ。
それを手にして零れる笑顔。その笑顔に、露店商たちも思わず顔を綻ばす。
大陸中が、優しさに包まれていた。

 そんな中、教会の一室から不安そうに空を見上げる者がいた。
その者―――フィリアは自室の窓際にに置いてある椅子に腰かけ、膝の上で両手を握り締めたまま、誰かを探すように目を泳がせている。そしてそこから少し離れた机の上には、綺麗に包装された小さな箱がひとつ。彼女がこの日の為に、日々の仕事の合間を縫って材料を集めて作ったものだ。
けれど彼女の待ち人は昨日から姿が見えない。いつものように仕事でどこかへ出かけたか、はたまたふらりと当てもなく気の向くままに足を進めたか・・・・・・。
何にせよ、何も知らされていない彼女には知る由もなく、できるのは、ただ彼の帰りを待つ事だけだった。
「あいつの事だ、単に忘れてるだけじゃねぇの?」
 彼の親友のブラックスミス、カイルはそう言って笑う。確かに彼はそういう事には無頓着なので、今日の事など気にもしていないのかもしれない。
(でも・・・・・・)
 言いようのない不安が彼女を襲う。自分の事を滅多に話さない彼には、どんな交友関係があるのかを彼女は知らない。知っているのはカイルと、他には彼と同じギルドの女アサシンだけ。
女アサシンは明らかに彼に好意を示していた。
(もしかしたら彼女と一緒にいるのかもしれない。ううん、それ以外にだって私が知らないだけで色んな女の人と付き合いがあるのかもしれないし・・・・・・)
 胸の奥を、刺さるような痛みが走る。
外は既に暗闇に包まれ、道行く何組もの男女の歩く姿が、街灯の光に照らし出されていた。

 翌朝、結局一睡もしなかったフィリアはぼんやりとする頭を覚まそうと顔を洗いに洗面所へ向かった。
冷たい水に触れると、多少は意識がはっきりするものの完全に回復とまではいかない。
(今日もお仕事があるんだから、しゃんとしないと・・・・・・)
 両手で頬を数回叩き、深呼吸をする。先程よりは、少しマシになったようだ。
まだ誰も起きていないらしく、教会の中は未だ静寂が支配しており、その静けさの中にいるとまた余計な事を考えて、段々と目線が下に下がってしまう。
とぼとぼと俯きながら長い廊下を歩き、自室の手前の角を曲がったところで何かにぶつかりそうになり、彼女は慌てて顔を上げた。
「あ・・・・・・っ」
 ぼんやりとしていた意識が一気に目覚める。そこには、彼女が待ち続けた彼の姿があった。
「なんだ、起きてたのか」
 静かな口調で語りかけた彼はふと眉をひそめ、見上げる彼女の顔に手をやる。
「くまができてるぞ。・・・・・・寝てなかったのか?」
 言われて、彼女は顔を真っ赤にしながら慌てて乱れたままの髪を整え、しどろもどろに答えた。
「いやっあの、これは・・・・・・えっと・・・・・・。クロウこそ昨日はどうしたの?朝からいなかったみたいだけど」
「ああ、いつも通り仕事だ。昨日のうちには帰ってこれると思ったんだが、予想外にてこずってな。結局こんな時間になっちまった」
「お仕事・・・・・・。ホントに?」
「なんでだ」
「だってほら・・・・・・昨日はバレンタインだったし・・・・・・」
 早朝という事で元々小声で話していたが、その声が更に段々と小さくなっていき、フィリアは聖衣をぎゅっと握り締めてうつむいてしまった。
不安で鼓動が高鳴る。それを彼に悟られまいとなんとか落ち着こうとするが、それが却って彼女を焦らせ、零れ落ちそうな涙を必死で堪えようとその小さな唇を噛んだ。
「―――バレン・・・・・なんだそりゃ」
「えっ?」
 全く予想もしなかった答えに、フィリアは思わず間の抜けた声をあげてしまった。一瞬彼がとぼけているのかと思ったが、彼女を見下ろす彼の顔は、どうみても嘘をついているようには見えない。
元々アサシン自体が俗世間とあまり関わりを持たない。彼は特にそういうものには無関心なので、このようなイベントを知らないのも無理はなかった。
「ホントに知らな・・・・・・いみたいね」
 彼女の言葉に、彼は少し眉をひそめた。
「悪かったな、知らねーよ。あれか?クリスマスとかみたいなくだらん奴か?」
 怒ったような、拗ねたようなその表情にフィリアはようやく安堵しクスクスと笑いを漏らすと、それを見た彼も表情を緩めて彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「クロウ、甘いもの好き?」
「あー・・・・・・、滅多に食わねぇけどな。食えんことはねぇよ」
「チョコレート作ったから、よければ持っていって」
「んじゃ今食う。腹減ってんだ」
 その言葉にフィリアは満面の笑みを浮かべると、彼と共に自室の扉の向こうに消え、しばらくすると部屋の中は、チョコレートの甘い匂いとコーヒーのほのかな香ばしい香りで満たされた。
 
 
 
 一方その頃、バレンタイン当日にライカとミリィからチョコを受け取ったエミリオとサラスは、激しい腹痛に襲われ、それぞれ自室のベッドでお腹を押さえてうずくまっていた。

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